ビジュアライゼーションをつくる理由とは
最初に登壇したのは、株式会社スタジオ・デジタルプラスの大橋ユキコ氏。「Unreal Engine 4+3ds Maxでインタラクティブなビジュアライゼーション!」と題して、Unreal Engine 4にAutodesk 3ds Max、Autodesk InfraWorksを使用した実案件をもとに建築ビジュアライゼーション手法が語られた。
大橋氏は、大塚商会でCADインストラクターやサポート業務を担当した後、建築設計に憧れ店舗設計会社へと転職。そこでCGパースのことを学び、店舗設計会社の子会社として有限会社デジタルプラスを設立。そこで建築ビジュアライゼーションに目覚め、2003年に株式会社スタジオ・デジタルプラスを設立し、福岡デザインコミュニケーションCG科非常勤講師も務めているという。
福岡県福岡市を地盤としている大橋氏が得意としているのは、商業施設や公共施設を中心としたCGパース。大橋氏は、CGパースやムービーによるプレゼンテーションでは物足りないと考えている。
「リアルタイムレンダリングを導入しCGパースやムービーを作成することで、決めのアングルで効果的な絵づくりができることです。それに飽き足らず、数年前から『もっとインタラクティブにしたい!』と感じていて、対話できるものや双方向であるもの、たとえば、自由に建物の中を歩き回ったりドアを開けたりといったギミックを起こしたいと考えていました。しかし、そこで少し立ち止まって考えたとき、あらためて『誰のためにビジュアライゼーション作りなのか?』と思い返すようになり、私がビジュアライゼーションをつくるそもそもの理由を考えてみたのです」
そこで大橋氏は、エンドユーザーに対する合意形成であるCGパースを「真のエンドユーザー」に向けていきたいのだと気づいた。「真のエンドユーザー」とは、公園であれば、その公園を利用する市民や公園で遊ぶ子供たちのことだ。
CG制作会社であるスタジオ・デジタルプラスとエンドユーザーの間には、設計会社やデベロッパーである行政が挟まっており、エンドユーザーまでの距離が遠いと感じていた。しかし「真のエンドユーザー」が喜ぶためのCGパースづくりを心掛けることで、やりがいを感じるようになっていったという。
大橋氏がゲームエンジンと出会ったのは、このように感じていた時期のこと。Unreal Engineが一般公開され月額19ドルで利用できるようになった2014年からだという。
「Unreal Engineを通して学んだのは、『1つのゲームを作り上げるとき、あたかも1つのテーブルで積み木を完成させるかのように、プランナーもデザイナーもアーティストもプログラマーも皆が同じ目標に向かってものづくりをする』ということです。全員で1つのテーブルを囲むことで、もの凄く早いトライ&エラーを繰り返せるようになります。その結果、全員が世界観を共有(シェア)できるようになるわけです。これは、私にとって衝撃的な話でした。15年以上前のことですが、インターネット上の掲示板で3ds Maxについて活発な情報交換がおこなわれていて、顔も見たことがないような人たちから情報をシェアさせて頂いていました。建築業界も、今よりもっとオープンでシェアできる世界が広がっていたのです。それが最近では、あまりないのではないかと感じています」
大橋氏はそこで3つの目標を立てた。1つ目は「イテレーション(トライ&エラー)により問題解決できるビジュアライゼーション」。設計者と一緒にトライ&エラーを繰り返していきたいということである。
2つ目は、「ビジュアライゼーションをシェアする社会へ」。コミュニティからのフィードバックを受けて設計に反映させるというもの。そして、作成したビジュアライゼーションをたくさんの人たちにただ一方的に見せるのではなく、1人ひとりに対して届けられるものをつくりたいと考えたという。
3つ目は、「もっと技術や知見のオープン&シェアを」。ゲーム業界では企業の垣根を越えたコミュニティも活発で情報をシェアしあっている。それを建築業界にも広げていきたいと話す。
次に実案件の制作事例の話に移る。
福岡市には「福岡アイランドシティ」という現在も開発が続けられている人工島が存在している。この人工島に対して、「この福岡アイランドシティの将来像を3D化して魅力的な街づくりをアピールする『アイランドシティVR計画』をおこないたい」という福岡市からの要望を受けたスタジオ・デジタルプラス。
納期がたった2カ月という状況のなか、丸ごとVRコンテンツを制作することは断念。その代わり、2つのコンテンツを提案したという。
1つはInfraWorksで作成したCG未来予想図。InfraWorksは基盤地図情報を使用するため、島以外の部分が正確に再現されることから提案したものだ。
もう1つは、Unreal Engineを使用して作成する市民が誰でも触れるコンテンツ。Unreal Engineを使うことでゲームとしてパッケージングでき、Windows上で動くEXEファイルとして市民に配布できることから提案へと至った。
福岡市に対するこのような2つの提案は無事通過し、「アイランドシティVR計画」がスタートすることとなった。
「具体的なワークフローとしては、CADデータがあるものについてはそこから3D化。CADデータがないものについては、設計事務所から集めたデータやPDF図面を基にモデリングしていきました。そして、空撮部分についてはドローンで撮影、地上部分については自分たちが自ら島内を走って撮影しました。その後は、同じデータをUnreal EngineとInfraWorksに持っていく作業を同時進行しています。当時はまだ、Unreal Engineのワークフローツール『Datasmith』がありませんでしたので、FBXファイルに書き出してUnreal EngineとInfraWorksに持っていくという作業をおこないました」
このアイランドシティの案件では約110棟の建築物をモデリングしており、それだけの数のFBXを作成している。しかし、使ったテクスチャは1棟に対して平均1枚強となる約120枚と少ない。その理由としては、市民が家庭用のパソコンで開くことを想定しているため、できるだけ低ポリゴンでモデリングをおこなったのだという。
アイランドシティの案件における成果と今後の課題を大橋氏は次のように話した。
「成果としては、3Dをビジュアライゼーション以外のことに役立たせることができたということと、チームとして同じ1つのテーブルで作業しているという感覚を持てたということ。右から左へバトンタッチして仕事を流して進めていくのではなく、同じ目標に向かうチームが1つのツールを作り上げるというやりがいを感じることができました。ただ、Unreal Engineで作成したコンテンツは現状ではただの情報ツールです。そこでUnreal Engineの特性をもっと生かしてゲーム性を付加し、街づくりそのものに興味を持てる3Dツールづくりをしていきたいというのが今後の課題となります」
次に大橋氏は、建築ビジュアライゼーションにおける将来像に言及した。それはまず、3DCG自体が今後はコミニュケーションツールへと変化していくこと。3DCGを見せっぱなしにするのではなく、見た人から得られたフィードバックにより、さらに変化していくツールにしていきたいという。
また、ビジュアライゼーション(視覚化)からエクスペリエンス(体験)へと変わっていくということ。街づくりや公園づくりの現場で起きている問題を見つけてピックアップし、それをゲームエンジンのようなテクノロジーの力を使って解決するといったクリエイティブをしていきたいと語る。
そして大橋氏は、次のように話をして本講演を締めくくった。「勉強することも大事ですが、たくさんのインプットとアウトプットを繰り返してください。ブログやTwitterにアップするような些細なことでもかまいません。それを繰り返していくことで、業界や会社の垣根を越えてスキルアップしていけるのではないでしょうか」
最後に、スタジオ・デジタルプラスのCGデザイナー、磯野夏生氏が登壇。AutodeskのAREA JAPAN サイトで磯野氏が連載を始めたコラム「3ds Max & UnrealEngine4で建築ビジュアライゼーション ~データフォーマットDatasmithを使ったワークフロー~」を紹介。また、Datasmithによって書き出し作業が大幅に短縮できるという説明がおこなわれた。これから約1年にわたり、定期的に詳細なワークフローや、Datasmithを用いた技術的なTipsをコラムで紹介していくということなので期待できそうだ。
コメント