建築家・隈研吾氏が率い、東京・北京・上海・パリに拠点を置く隈研吾建築都市設計事務所は、多様な国の出身者が東京オフィスだけでも200名が在籍する大規模な組織。現在も 300件を超えるプロジェクトが同時進行する中、3DCGを中心としたビジュアライゼーションを担当する CG チームが、設計のイメージを具現化する重要な役割を担っている。
世界を飛び回る多忙な隈氏が、東京のオフィスで過ごせる時間は非常に短い。そのため事務所にも専用スペースを持たず、デスクひとつ分の空間を確保しているだけだという。同事務所で設計室長を務める鈴木公雄氏によると、社内での隈氏と社員との打ち合わせですら時間的な制約が大きく、1本あたり5分から10分の予約制になっている。「スタッフはその短い時間の中で、提案にOKをもらうことに賭けています。この打ち合わせは隈へのプレゼンでもあります」。
各プロジェクトの設計チームは、プロジェクトマネージャーと複数の設計スタッフ、そしてCG担当者1名で構成されている。ビジュアライゼーションに関しては、そのCG担当者がパースや3Dの制作から、一日の中や季節に応じた太陽の動き、照明のシミュレーションまで、全てをひとりで行っているという。
「設計のスタッフは (Autodesk) AutoCAD、Revit などのソフトウェアを使っており、全員が 3D モデルを作るスキルを持っています。CG 担当は主に 3ds Maxを使用しており、レンダリングにはV-Rayを使うことが多いですね。隈の建築ではメッシュやルーバーなどのスクリーンが多用されるため、ビジュアライゼーションでも光や影の表現を大切にしています」。
同事務所が設計を行い、その独特な木組みの外観がひときわ目を引くサニーヒルズ南青山店は、外装に使われた木組みが、構造体としても重要な役割を担う。「木組みが各階の床の荷重の一部を支えており、ファサードが柱のような役割をしています」と、鈴木氏。
「この木組みは、垂直荷重と歪み荷重の両方に強いことが求められました」と、鈴木氏は続ける。「3D CGでは、さまざまな場所から木組みがどのように見えるか、また木組みを通して建物の中に入る太陽光がどのように光を落とすかのシミュレーションを行っています。3ds Max は柔軟なツールでボリュームの調整などもスピーディに行えるため、設計チームからの要望にもすぐに応えることができました」。
さらに格子のスケールや、その流れを縦・斜めのどちらにするかなどの内装的なデザインや、木組みのサイン計画も実施。設計の最終段階では、日中の店舗営業時、日没後の店舗営業時、営業終了後、深夜など、段階を追った数十パターンもの照明シミュレーションも CG で行われている。
コンクリートの凹凸も CG で見え方を検討
同事務所の代表作のひとつとされるスコットランドのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)の設計が開始されたのは 2011年。このウォーターフロントにある美術館は、芸術とデザインを専門とする世界最高峰の博物館として、文化の中心地となる新たなランドマークとなることが求められた。
「建設現場は川に面しており、建物は川に突き出した状態で、断面が上に向かって広がる、独特な開放感のあるデザインになっています」と、鈴木氏。スコットランド郊外の美しい崖に魅了された隈氏は、そのランダムな美を、建築を通して伝えたいと考えたという。そうしたイメージを建築に落とし込むため、プレキャストコンクリートの層を様々な角度に配置して崖を連想させるアイデアが採用されたが、ファサードの実現には繊細な演出とダイナミックさが必要だった。
その目的のため、パラメトリック設計を行い、プレキャストコンクリートの配置に検討が重ねられた。設計チームの作り上げたモデルを 3ds Max に取り込み、ラフのレンダリングやイメージを共有。外装のパーツがどのように見えるかは設計チームにも確認が行われ、イメージと違う場合は、CGチームが3ds Max上で即時にイメージの調整を行なった。
外壁を構成するパーツのサイズや凹凸の変化、開口部のサイズなども、ビジュアライゼーションによって検討された。「施主への説明にも、部分的にレンダリングしたCGが使われました。プレキャスト コンクリートの素材や、それを支える金具の検討などでも、わかりやすい表現を心がけました」。
さらに、CG パースの製作も CG チームの役割のひとつだ。「隈事務所における CG パースは、隈との社内打合せ、クライアントへのプレゼンテーション資料、コンペ提出用、プレスリリースなどに使われており、図面や言葉だけでは伝わりにくいところをビジュアルで表現しています」と、鈴木氏は語る。「パースの印象によって、より円滑に進められることもあるなど重要な役割を持っており、プロジェクトを進めていく上で必要不可欠なものになっています」。
歴史的建造物をデジタル テクノロジーで再リノベーション
2019年末にオープン予定のエースホテル京都は、歴史的建造物を隈氏がリノベーション。大正時代の建築物で、京都市登録有形文化財1号に指定された京都中央電話局を含めた一角をリノベーションした商業施設「新風館」が、再リノベーションされることになる。
「隈が描く漠然としたスケッチなどからイメージを設計スタッフが汲み取り、それを CGで形にしていきました」と、鈴木氏。「ホテルのイメージを検討する社内ミーティングでの、隈の“今回は瓦を使ってみたい”という言葉をヒントに、姉小路通側から見た角度で何パターンもパースを描き、4カ月ほどかけてクライアントに提案してデザインが決められました」。
「最終的にルーバー案が採用され、下のエントランス部分はクロスされたワイヤーの中に瓦を固定して、瓦一枚一枚が宙に浮いているようなデザインになりました。ルーバーは、一枚ずつバラバラに角度を変えられるように設計されています」と、鈴木氏は解説する。「客室部分は瓦と左官素材をミルフィーユ状に積み上げて、瓦の断面を見せるデザインになりました」。隈氏は「歴史と建築、人をつなぎ、その全てが共振していくことを願うという思いを込めてこのデザインに決定した」と話しているという。
担当設計者によるラフな 3Dデータに、CG担当者が素材やライティングも反映させて肉付けし、レンダリング。それに背景や空撮写真、周囲の建物などを合成して仕上げる 3Dパースが、ほぼ1日1枚というペースで作成されたという。
「3Dパースは、最初の外観イメージだけでなく、プロジェクトが進行してからも大量に製作します。中庭から建物を見たパースや、昼と夜の様子などはプレスリリースにも添付されました」と語る鈴木氏は、設計スタッフとCGチームの連携が取れているからこそ、スピーディに完成まで導くことができていると話す。
「CGパースの役割はそこで終わるではなく、リリース発表後も様々な業者と仕上がりのイメージを共有するために使われます。また、人の入り込めない場所や、実際には見ることのできない角度から確認できるのも CG の役割のひとつです。隈事務所では CG が、建物の完成まで様々な局面で関わっています」。
本記事は「創造の未来」をテーマとするオートデスクのサイト「Redshift 日本版」の記事を、許可を得て転載したものです。